1. はじめに:アイデア
測定器のそばに設置するコンパクトな実験器具(シリンジ立て)が欲しい!既製品に希望に合致するものが無いので、自分の欲しい仕様を満たすミニマムなものを設計する。 この手のカスタムメイドの造形物は3Dプリンタで出力するのが当たり前の時代が目の前まで来ている気がする。3Dモデルの作成から出力まで一連のプロセスを体験してみよう!
ということで次の様なポイントを踏まえて設計していきます。
2. 設計のポイント
- マイクロシリンジとパスツールピペットを置きたい。 →マイクロシリンジ: [Google 画像検索]、 パスツールピペット: [Google 画像検索] →それぞれ、2本ずつ置ける計4スロットとする。
- 場所を取らない、コンパクトなもの →壁面設置用に両面テープ貼り付け部と、マグネット埋設用の穴(φ 5mm × 2 mm 深)を用意。 → 4本の器具の間のスペースは、指の腹で器具をつまむのに不自由のない範囲で狭めに設定。
- 安全性・汚染予防の配慮 →シリンジの針先に作業者が触れないよう、下段ガードを設置。怪我や汚染を防止する。 →上段ガイドは深め狭めで器具を安定させる。また、開口部には傾斜をつけ、脱落を防止する。 →隣接スロットの器具と先端が接触しないよう、中段ガイドを設置。操作時や不意の接触でも器具を安定してホールド。
- デザイン性・経済性 →上段・中段ガイド、下段ガードを接続する壁面部位を分子構造式モチーフの細いフレームで構成することで、同じ厚さの平板で接続した場合よりも素材体積を削減し、出力時間と価格を抑制。デザインと経済性を両立。
3. 3Dモデルの作成
今回は、DMM 3Dプリントを利用します。初めての3D製作なので、モデリングソフトは DMM 3D プリントで紹介されている AUTODESC 123D DESIGN (フリー) を利用しました。Mac版は App Store 版があるのでそれをインストール。
ウェルカム画面はこんな感じで、簡単なチュートリアルがついている。 今回は比較的シンプルな構造だったので、平面にプリミティブ図形を書いて押し出したり削ったりをなんとか理解したところで製作を開始。製作過程は省略しますが、作成するスタンドに置いて使うマイクロシリンジやパスツールピペットの寸法を計測して遊びをどのくらい取るかを厚紙etc… で実験したり、寸法周りは厳密にモデルに反映しています。最終的に、以下のようなモデルに仕上げました 。
3段構造とそれを繋ぐ分子模型デザイン
背面は壁面設置のため真っ平ら。上部ガイド裏に、幅 10 mm の両面テープを付けられるスペースを用意しました。2つの穴はマグネットを埋め込むことを想定。別途注文したネオジム磁石(φ 5 mm × 2mm 厚)と丁度の寸法でくりぬいてあります。
下からみたところ。中段ガイド・下段ガードは穴をあけて体積を削減しています。
上からみたところ。上段ガイドがいちばん出っぱっていて、器具を迎えます。スムーズに器具を設置できるよう、ガイドの入り口はしっかりアールをつけて拡げてあります。
真っ正面からみると分子構造式のデザインが分かりやすい。とある環式トリテルペンの骨格ですね。
4. DMM 3Dプリントで出力
DMM 3Dプリントに完成したデータをアップロードします。DMMのアカウントが必要ですが、ここは shimakid 提督、余裕のログイン。 アップロード画面には、アップロード前の注意事項が書かれているのでしっかり確認します。素材によって造形デキル厚みや寸法のルールが異なります。問題なかったので、 123D Design からエクスポートした .stl 形式の3Dデータを選択してアップロードしました。
アップロードが完了すると、ほどなくしてデータチェック完了メールが届きます。メールには造形可能な素材の一覧と、それぞれの素材で造形した場合の料金の見積もりがついており、マイ3Dデータのページでも「造形・出品可能」のアイコン表示がでて、注文可能状態になっていました。 アップロードしてすぐに見積もりが出るため、shimakid はこの段階で肉抜きの有無などバージョン違いのモデルを難度も投稿して、造形価格がどのように変わるか確認しながら設計を詰めていきました。
ちなみに、3段構造を平板で接続しただけの下のモデルと比べると、上の最終デザインは 1000円ほど安く造形できることが分かりました。素材はフルカラー石膏が最も安価で3000円を切りますが、硬くて脆いため不採用とし、次いで安価で強度(靱性)のあるナイロンでの造形を依頼しました。完全お好みでデザインして、4000円以内の送料無料で収まるのは嬉しい。
そしていよいよ…
5. 完成品が到着!使用準備
造形物よりもかなり大きめの段ボールが届きました。造形物本体も軽いし、あとは全部梱包材なので空箱かと思う軽さでした。左上の小さい箱に入って到着。
じゃじゃーん。磁石設置用の穴の有無という微妙なバージョン違いで、2つ注文してありました。
ちゃんと実物でも分子構造式モチーフがしっかり分かります。 分子骨格部分のフレーム強度が気がかりでしたが、突き出しているメチル基(棒の部分)を適当につまんでぶらぶらさせても問題なし。全体をぐにゃっと歪ませてみたりしましたが、簡単に折れたりせず、すぐに元に戻ります。ナイロン素材は優秀ですね。
表面の質感は粉っぽくざらっとした感じ。雪のイメージ、と思って雪ミクさんに一緒に写ってもらいました。
背面の両面テープ接着部です。オプション的に用意した背面の穴に、 Amazon でまとめ買いしておいた φ 5 mm × 2 mm のネオジム磁石 を接着剤で固定します。寸法はぴったりで気持ちよくはまりました。
僕がこのアイテムを設置したい現場はスチール面なので、まず磁石での設置を試しました。シリンジとピペットをフルで載せると、素材の摩擦が足りず、指で押すと簡単にズレてしまい不安定です。そこで、接地面とのなじみのよいマスキングテープを貼り付けたところ、摩擦が増し、安心して器具を出し入れできるようになりました。 ※磁石での固定はあくまでオプションで、両面テープを貼れば好きなところにしっかり固定できます。
実際に設置して使ってみましょう…
6. 使用風景と性能チェック
フルでのっけてみました。 左ふたつのシリンジ用スロットはガード付き、右ふたつはガードが無いので、長いパスツールピペットが入ります。
斜め上から。上段・中段ガイドにすっぽり収まるシリンジたち。入り口が高くなっているのでスッと入ったあとは安定して収まっています。
斜め下から。上段ガイドにおさめた器具は自然に中段ガイドにホールドされます。
指の腹で器具をつかんだ状態で奥まで簡単にさしこめるガイド形状と、スロット間隔の確認。マイクロシリンジのぴったり収まる感覚はなかなかのもの。
うっかり下から手や体が接近しても、ガードがあるので針先には接触しません。本体がズレるほどの衝撃でも、分子骨格部分が柔軟にショックを吸収している様子。ガードの機能はばっちりでした。 また、上段・中段ガイドのホールドもよいので衝撃でシリンジが大きく移動したり飛び出したりすることはありませんでした。
ホールド感がわかるようにもう一枚。こんな角度で設置するメリットは無いかもしれませんが、中段ガイドのおかげでどの器具も安定して保持されます。隣の器具と先端が触れ合うことはありません。
7. ショップに公開(DMM 3Dプリント)
DMM 3Dプリントでは、自分でアップロードしたモデルを造形するだけではなく、他の人がショップに公開しているモデルを発注して届けてもらうことができます。
今回の制作物は、【実験室便利アイテム】 マイクロシリンジ/ガラスピペット立て【分子構造式デザイン】というタイトルでショップに出品しました。現在、3980円(税込み・送料込み)でナイロン素材で発注できる状態にしてみました。
【実験室便利アイテム】マイクロシリンジ/ガラスピペット立て【分子構造式デザイン】
完全に自分の欲しいままに設計したものですが、丁度このくらいのシリンジホルダが欲しかったんだ、という方はお気軽にご注文ください。DMM 3Dプリントから直接発送されます。
ナイロン以外の素材もいろいろあるのですが(選べる素材一覧)、他の素材はずっと高価になるため Disable してあります。アクリルやステンレス etc… で注文したいという奇特な方がいらっしゃいましたら twitter あたりで @shimakid まで一言どうぞ。
8. まとめ
- 自分が使いたかったスペックのシリンジ/ピペットホルダーを、モデリングソフトで設計して、DMM 3Dプリントで出力しました。ナイロン素材で造形された完成品は雪のような白さで、適度な柔軟性をもち、寸法も適切でした! 分子かわいい。
- 完成品を壁面に設置して使用したところ、期待通りの性能を発揮し、使用感は良好でした。マグネットによる実用的なスチール面固定も、摩擦のある素材を貼り付けることで実用的になりました。
- 本作品と同スペックの市販品は存在しませんが、実験器具カタログなどに掲載されている単機能のピペット立て/シリンジホルダーと同等の価格で出力できることがわかりました。いつでも追加で造形できるし、欲しい人にはショップで直接注文して手に入れてもらえます。
コメント
欲しかったアイテムもゲットできたし、3Dプリントの(出力は外注だけど)最低限のノウハウも身についたかな…ということで目的達成、大成功!既製品のない欲しいアイテムを自前で設計し、リーズナブルな価格で出力し、同等品を適宜追加造形もできる、という 3Dプリントのいいところが全面に発揮されたケースになりました。
しっかり寸法を意識しながらモデルを作成しているとはいえ、実際に現物ができあがったのを手にするとうれしさもひとしお。*✧ (∩’ω’∩) ✧*。これはハマりそうです。
・今回の作品の分子構造の部分は、簡単に別のデザインに変更できる。ホルダー機能を担う3段構造部分をのこしつつ、他の分子や、まったく別のモチーフのデザインに挑戦してもいいかもしれない。 ・分子かわいいから、機能なんてほっといてもっとコンパクトに分子だけ量産できるモデル作成も楽しそう…